長野県能楽連盟賛助会員 面和会・面清会講師

青木清栄〜わたしの能面打ち  長野県能楽連盟総会(平成20年5月31日)における講演内容ほか


■わたしの能面打ち
 6,7年前にテレビ、新聞、雑誌数社からの取材を受けた際に、最初の質問は能面打ちを始めた動機は?だった。 そもそもの動機は、新潟勤務の時にたまたま白山神社での薪能を観たのがきっかけで、面の持つ表情に魅せられたことである。 面を手に入れたくても高価で、手が届くものではなかった。当時、人生八十年が叫ばれ、濡れ落ち葉にならない老後の身の処し方を考えた時に、何か趣味を持とうと五十の手習いで開設間もない面打ち教室の1期生となった。30年ほど前のことになる。
 今になってみれば、いろいろな点で自分なりに能面打ちを趣味にしたこと
が正解であったと思っている。
 今までに打った面の種類は四十数種で、気に入らずに複数打ったもの、試し彫りなども数えれば、かれこれ百面以上になる。
 親戚や知人のお祝い事などに差し上げて大変喜ばれている。



■面打ち本論
 これから面打ちの本論に話を進める。
 謡曲が謡本に忠実で、師が謡う抑揚というか謡い回しというかに沿って、いわゆるコピーの形で練習し奥義を究められようとされているのと同じく、能面打ちも創作することが許されず、古来の面(本面と呼ばれるもの)を忠実に写す作業である。創作面は能面ではなくただの仮面としての価値しかない。
 能の曲(演目)によって、その物語りの内容を表すにはどの面を主に使うかは、各流派で古来より定まっているので、舞台で使ってもらえるような面を打つということは、いかに古来の面が持つ表現力を写し取るかである。
 本面を目の前にすることはあり得ないので、写真集で観察しながら打つしか他に方法がない。

■能面を打つ
 能面は彫るとは言わず「打つ」という。
 面を打つという言い方は、面の姿を木の中から打ち出すという精神的な言い方である。面打ちは技術だけでなく、いかに心を籠めるかにある。打とうとする面の姿が心を支配し、それが素材である一つの小さな材木に乗り移るという心の働きが、面を打つということなのである。つまり、技術はこれを表現しようとすることの手段であって、技術だけでは面は打てないということだと思う。
 とはいうものの、精神論的なことを考えながら面を打つなんていうことは、大変難しいことである。
 私は、一つの面にとりかかる前にその面が使われる物語を読んで、これを頭に置いて姿・表情の表現をそれなりに表わそうと心掛けている。

■面打ちの作業工程
 一面を完成させるのに、単純な面でも少なくとも2・3か月はかかるという作業内容があるので、全てを短時間で話すことは出来ないし、また、あまり細部にわたっての話をしても分からないと思うので、主要な点だけの話しとする。

◇素材(材料)
 檜材が一番多く、中でも木曾檜が良いとされている。優れた特質としては、長時間にわたって面をつけた時に出る汗(水気)に対する耐久性があること。木の繊維が素直で作業がし易いこと。油気があることから粘り強く軟らかで扱い易いことが特質と言われる。
 材料の値段は大きさにもよるが、通常の女面の材料で、あるカルチャー教室では次に話す当型と込みで2万円程度と聞いているが、材料そのものは檜の柾目でも5〜6千円くらいで入手できると思う。桐・桂を使う人もいる。

◇使用する道具・消耗品類
 主なものは、ノコギリ・のみ・彫刻刀・物差(曲尺)・コンパス・トースカン(高さを測る道具)・乳鉢・筆・胡粉・膠・絵具など。


◇当型の使用
 古来の本面を写すというのが能面打ちなので、本面から取った型に頼らざるを得ない。 市販の型を買うとか、指導者から手に
入れるとかして型を用意する。
 型にはいろいろあるが、私は、面型・縦型・額型・鼻型・口型・反型、面の種類によっては目型・耳型・角型などを使用している。数年前からは古面、本面の写真から自分で型を起こして使っている。

◇荒彫り
 型を使っておおよその顔形を作る。
 目と口は面の重要なポイントなので、目の位置や形・目頭や目尻の高さ、口の幅や口元の高さなどは、写真や参考図書を頼りに
決める。


◇小作り  
 型により各部分の正確な型合わせをする。目を作り、鼻を作り、口を作り、額・頬・顎などの全体の彫りの流れを仕上げる。 目・鼻・口の裏に当たる部分は、面をつける人の立場に立って、自分の顔に当ててみながら彫りを整える。

◇目に金具の装着・角のはめ込み
 般若の面などは目に金具をつける。銅板を叩いて目型を作り、これに金メッキをする。金メッキは金具の表面を水銀の幕で覆い、これに金箔を幾重にも重ねて溶かし、熱で焼き上げた後、これを縫い針などで磨くと見事なメッキができる。
 代用品としては真鍮板を使う。
 また、般若の面などのように角のある面がある。角は彫り出すのではなく、別に作ってはめ込む。野干の面のように短い角は彫り出しで作る。



◇彫りを眺める
 彫りが仕上がったからといって、直ぐには次の段階に進まない。
 左右対象でなかったり、表情の表れが足りなかったりして、彫りの修正する部分が必ずある。
 毎日眺めていると、その部分が見えてこない。三日四日放っておいて再度眺めてみると、それが見えてくるものである。これを何回か繰り返して、彫りを完全に仕上げる。

◇胡粉の下塗り
 乳鉢で花胡粉を膠液で適度の濃さに溶いて面の木地に十数回塗っては磨ぎして、表面に凹凸が無く滑らかになるよう塗りの厚さを、0.2〜0.3ミリに仕上げる。

◇胡粉の上塗り
 一段階上の良質の胡粉で下塗りをした上に上塗りをする。面によっては刷毛目を強くつけたり、朱色を少し混ぜることもある。この段階では、面は真白で何の趣もない。


◇彩色・古色
 彩色を古色の範疇に入れて説明されることもあるが、これを分けてみることにする。 面によって色の付け方は違うが、面それぞれの肌の色付け(彩色)をする。
 女面は基本的には象牙色を肌の色の基調にする。面によって濃いか薄いかの違いはある。
 肌色は一色で出すのではなく、少なくとも二・三色が必要である。筆で塗るのではなく、一色毎にタンポ(脱脂綿を絹の端布で包んだもの)で叩き打ちをして色を重ねていく。
 男面では色々な肌の色を持つ面があるので、それに合った色合いを出すため三色・四色とタンポの重ね打ちをする。
 あるカルチャー教室では、何色か混ぜ合わせた液をタンポ打ちしたり、網目に塗ってブラシで擦って霧状にして吹き付けるブラッシングというやり方をしていると聞くが、このやり方では面全体が混合色の一色に仕上がって、色の深みや味が出てこないと思う。
 次は古色についてだが、古色とは時が経つにつれて出てくる古びた色の美しさのことをいうと思う。白く塗った胡粉にただ彩色をして何年何十年と放っておいても、薄汚れた色になるだけで本来の古色は生じてこないと思う。古来からの面に、奥深い古色の美しさがあるのは、当時それなりに一種の古色付けがされていたと考えるべきであると思う。
 能面打ちは本面を写すことにあるので、古色をつけるというテクニックが当然に必要となる。
 能面における古色付けとは、経年による自然的な美しさを醸し出すと同時に、面に気品と深みを出すための彩色法の一つでもあると思う。
 古色つけは能面師の秘法の一つとされて口伝えに継承されてきたと言われ、門外不出であったがために詳しくは分からないというが、現在では日本画で使う焦茶色の絵具や煤を使う方法が一般的に知られている。
 茅葺や藁葺屋根の家を壊したときに出る竹や藁の混じった煤は最高品である。小さい頃に見た藁屋根から落ちるあの茶褐色の滴をもっと濃くした色が最適である。数年前に知り合いの家の藁屋解体で出た小ダンボール一個分の最高の煤を手に入れてあるので安心している。 もちろん、この古色つけもタンポを使う。

◇もう一つの彩色
 ここでいう彩色は、目や歯に墨を入れ、朱墨で唇を描く工程をいう。
 能面を生かすも殺すも、この彩色の出来具合如何にかかっている。
 目が描かれ唇が塗られお歯黒が入ると、能面に血が通ってくる。
 泥眼の面のように、目と歯に金泥を入れるものもある。


◇毛描き
 毛描きとは、髪の毛を描いたり、髪の毛の部分を黒くしたり、眉を描いたりすることである。面の種類によって毛筋は様々である。小面のように三本の毛筋を描くのではなく削り出すものもある。

◇髪の毛・髭の植毛、ボンテンの取り付け
 翁面や尉面のように髪の毛や髭、眉毛を植毛するものがある。白馬の尻尾や鬣を毛穴に入る太さに束ねて植毛をしたり、髪結いをしたりする。翁のボンテンは、麻を叩いて細かな繊維にほぐして作り、額の両側に貼り付ける。    

◇面裏の処理
 面裏の彫りには作者の個性が現れる。面裏の塗りは、漆やカシューで仕上げるのが一般的である。
 面の裏を塗ることは、木地を補強することもさることながら、演者の汗の沁みこみを防ぐことにもある。裏を塗る時期は、表の
彩色をする前がよい。彩色の後にすると面の表面を汚したり、目や鼻の穴から表面に垂れ出したりすることがある。

◇能面の保存
 面は乾燥と湿気を嫌う。乾き過ぎると表が剥がれる心配がある。古い面などは年代物として珍重されるかもしれないが、新しい面で剥げ落ちたのは見るに見れない。
 中には、胡粉塗りでの膠の濃度が影響して全面にひび割れが生ずるものもある。
 通常は面袋に入れておく。面袋は表は西陣などの布が豪華である。裏は白の正絹で面擦れを防いでいる。間に綿を入れて程よい
湿度を保たせている。
 家宝物であれば、桐の面箱に納めておくのもよいが、年に何回かは出して虫干しをするのがよい。



◇能面の鑑賞
 能面を手にとって鑑賞するときには、耳穴(面紐を通す穴)の表に両の手の親指を、裏に人差し指を当て、残りの指は裏に当てて目の高さに腕を伸ばして面の傾きを変えてみながら鑑賞する。耳穴以外の部分に触れることは禁物である。できれば礼装用の白手袋を用意する。
 間違っても、置いてある面の上方から観てはいけない。場合によっては、汗や鼻水が垂れ落ちるとも限らない。
 面裏は作者の個性の凝縮場所なので、ひっくり返して観ることは大変失礼に当たるので、心すべきである。

◇雑話〜能面を観る目を養う
 能面を観る目を養うには、何といっても直に能面に接する機会を多くもつことである。
 長野県内には常設の展示館が無く残念であるが、色々な人が色々な場所で展示する機会を捉えて足を運び、つぶさに観られるのがよい。ことに、能面打ちをされている方々は自分の作品と比較できるよい機会である。
 出来れば古来の能面が載っている写真集を事前に見ておき、展示面が本面をどの程度忠実に写しているかどうかその出来具合を比較対照されるのがよい。
 他県にある展示館は、インターネット上に数多く載っているので、その地に行った折に立ち寄ってみるのもよい。
 また、能舞台を観る折に余裕があれば双眼鏡で、使われている面のテリ・クモリの表情を観察するのもよい。

◇能面打ちは型起こしから
 創作面を打つのであれば、いきなり自分の思うがままに彫ってみればよいのですが、 能面打ちは、そうはいかずに古来から伝わる面を忠実にコピーするという作業という ことになります。それには、ある程度の部分を基本型に頼るということになります。
 そこで、初心者はもちろん、かなりの面打ち歴を持つ人でも市販の型や指導者から入 手する型を使用していると思います。そのような型を用いることでは、既製の型どおりに面を打ってみるということに止まり、面打ち本来の面白みが無く、自身が描く古来の面の持つ心を打ちだせるとは限りません。
 私も師から入手する型を使用してきましたが、師の下を離れた平成13年ころからは打とうとする面の基本形を古来の面の写真を基に型を起こすことを始めました。横写しの写真からの角度を勘案しての型作りは容易ではありません。
 果たしてこの型からその面の姿形を打ち出せるのかと自問自答しながらも、少しでも それに近いものをと型起こしに心がけています。
 型は、面型・縦型・額型・鼻型・口の上下の型・口型・頭と顎の反り型のほか、必要に応じて参考まで目型・耳型・角型・髪型なども用意しておきます。これとは別に、目頭・目尻・小鼻・口元などの位置と高さ出しておきます。これらの型などを基に、写真を見ながら試し彫りをします。出来上がった試し彫りを写真とよく見極めて型の修正、位置や高さの修正をして後に残る参考図を作成します。
 修正後の型と参考図を基に本面打ちに入ります。気に入らないときは、再度修正をして再試し彫りをします。
 こうして彫り上がった面を手にしたときは、自前の面を打ったという達成感が湧いてきます。
 私の制作した型起こし面は下記となります。当ホームページ内GALLERYページでも紹介しておりますのでご覧ください。

◇型起こし面
<女面>
姥 近江女 曲見 万媚 痩女 逆髪 橋姫 深井 蝉羽 山姥 小面(龍右衛門)
若女 増女 白般若(作図) 孫次郎(作図)
<男面>
景清 鷹 蝉丸 今若 頼政 変天神 俊寛 中将 小喝食 十六中将 蛙 筋男
<老人面>
笑尉
<鬼神面>
大飛出 天神
<翁面>
黒式尉 父尉
<祝言面>
猩々
<神楽面>
おかめ ひょっとこ


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